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    Author:ももとまと
    お隣の国で孤軍奮闘ぼやいてます
    K国をおすすめするブログではありません、あしからず。

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    めんどくさい人々

    さて、今日は親しい友人の一人がK国内ではあるが、遠方に越して行った。
    私の周りから、また一人、数少ないよき友が遠く去ってしまうのはさびしい限りである。
    まあ、まだ同じ国内だから、会える機会は作ればあるんだろうけど・・・

    ところで、この数日間、いろいろと考えさせられることが多かったこと、それは
    「在外の日本人との付き合い方」。

    いろんなブログを読んでいると、海外でも日本人同士の付き合いに苦労している人は多い。
    突き詰めてみれば、おそらく日本人の民族性というか、
    ムラ社会的思考が原因というか・・・


    それぞれの国にお国柄というか、その土地ならではの問題もあるんだろうけど、
    「現れ方」が違うだけで、どこ行っても日本人の「グループ」内で起こる問題は、
    似たり寄ったりのような気がする。
    特に女性の場合。

    幸いにも、私はK国へ引っ越した当初から、
    日本人が近所に一人もおらず、というか外国人すらまばらで、
    「日本人妻会」やら「オンマモイム(いわゆる母親の会)やらにも属さずに来た。
    というか、属すことをひたすら避けてきた。
    結果、3年目に入った今でもどの「モイム(K国語でグループ)」にも一度も足を踏み入れていない。

    はっきり言おう。
    私は「モイム」も、そこに集う「モイマー(と私の仲間たちは呼んでいる)」とも、まったく相容れない。


    なぜか。


    その理由の一つを書くには、この国の民族的思考を説明せねばならんなー。


    これこそが、K国が「自称」先進国であり、まぎれもない途上国である証拠だと思うが、
    この国には「ゆとり」がない。
    経済的なゆとりだけではない、心のゆとりも、社会のゆとりもない。
    弱者を守り、助け、生かし、誰もが安心して生きられる社会をつくろうという気運もない。

    すべては金、金、金。旧宗主国のお隣とよく似てますね。

    残念だが、途上国であるゆえ、ほんの一握りのお金持ちを除いて、
    ほとんどの国民は経済的に余裕がなく(日本の比ではない)、
    したがって、他人を思いやる余裕などないのです。
    自分のことで精いっぱいだからね。

    始めに断わっておくが、ごくごくものすごーく稀にいる「良心的なK国人」を無視しているわけではない。
    分母に対して、そういう人の割合が極端に少ないというのが事実だと言っているのです。


    日本に生まれ、日本人的教育を受けてきた人はおそらく大半がそうだと思うが、
    たとえば初対面でお金に関わる話など、相手に失礼であるからしない。
    初めて会う相手に「お宅どこに住んでる?高級住宅?いくらぐらい?」なんて論外である。

    が、ここ、K国では、特に年配の人間ほど、そういう質問をする人間が普通にいる。
    かく言う私も、何度聞かれたことか。
    初対面で、

    「お宅はチョンセ?ウォルセ?」(賃貸のシステムのことです)
    「どのあたりに住んでるの?え?下町?なんで?」
    「ウォルセって、あのあたりいくらぐらいなの?」
    「そこって、築何年?」
    「何坪ぐらいなの?」

    いやもう、挙げればキリがない。
    そういう質問ははっきり言って失礼ですよ、と嫌気がさして言ったことも、何度かある。

    K国人が「外見」だけに固執し、「見てくれ」を重視することは前にも書いたが、
    プラス、彼らは「スペック重視」」である。
    つまり、その人の人間性、考え方などはほとんどフル無視。
    いかにいい大学を出て、いかにいい場所に住み、
    それが高層アパートなら、何階に住んでいて、何坪で、いくつトイレがあるか。
    どんな高い社会的地位を持った旦那を持ち、
    どんな有名企業に勤め、
    どれだけいいコネをもっているか。
    そして、相手が自分より「上」で、かなわないとなると(何が?だが)、
    自分が追いつく努力をするのではなく、ひたすら相手を引きずり下ろしにかかる。
    ま、最たるものが日本落としですわ。


    はい、ここでバカバカしくなって半笑いになってる人は私の同類です!
    おめでとう!笑


    いやいや、本当ですよ。
    韓国に住んだことのある人に聞いてみてください。
    まあ、この点を語りだすと、たぶんこの記事自体が終わらなくなりそうなので、
    詳細は今回は割愛させていただく。


    ま、K国人についてはもう、「そういう尺度でしか物を見れない、かわいそうな人たち」
    というくくりで片付けているし、今回のトピックではございやせん。
    ちょっと話を戻しましょ。
    問題なのは、このK国にいる日本人、特に「日本人妻」なのです。
    もちろん、すべての日本人妻ではありませんが。


    驚くことに、なぜか、日本人妻でこの「K国的尺度」にどっぷり浸かって、
    まるでK国人のような振る舞いを見せる人が結構いる。
    いや、かなりいる。
    さっきの質問事項。
    あれがK国人の口から出たなら、まだ軽い軽蔑で終わらせることはできる。
    が、日本人の口から出た日にゃあ・・・(((( ;゚Д゚)))

    そういう人が「モイム」を構成し、「モイマー」として日々暗躍(?)しているのである。
    そして、私が出会った人、というか、私の友人の多くが、
    「モイム」「モイマー」に意味なく傷つけられてきた人たちなんである。


    もちろん、まともなモイムも探せばあるのかもしれない。
    発足当初は、海外生活の不便さを、お互いに情報を共有することで補い合い、
    助け合うことを目的としていたかもしれない。
    が、当初の高尚な目的を大きく踏み外し、
    タダの「社宅のオバハン的集まり」になっているモイムのどれだけ多いことか。
    が、少なくとも、私が見聞きしてきたモイムはそういう類のものばかりだ。

    そして、自分たちのルールや、特にモイムリーダーの意向にそぐわないメンバーは、
    徹底的に叩かれ、いじめられ、排除される。
    排除されて終わりではない。
    今度は「親切」という名のもとに、関係のない外部の日本人、ほかのモイムなどに、
    善意を装って排除したメンバーの情報を流す。
    「こんな困った人がいるから気を付けてくださいね~」といった風に。
    これぞ、ムラ八分、ですな。


    せっかく、残念な国ではあるが、K国という「海外」に暮らすという貴重な状況下で、
    なぜわざわざ日本のムラ社会を持ち込んで、
    わざわざ人間的にいただけないK国人の悪いところを真似するのか。
    いや、まねているんじゃないのか・・・
    人間、易きに流れやすい生き物ですからねー。
    自分の「バー」を上げることは多くの努力が必要で難しいが、
    下げることはめちゃめちゃ簡単やからなぁ。
    そして、その中で、実に日本以上に日本日本して生きている。


    ご苦労さまである。


    私も結婚移民者であるからして、
    特に高い意志を掲げて海外移住したわけではないが、
    それでも、こういう日本人間のゴタゴタを見ていると、
    そんな他人のこと、ほっといてやれよ、と思う。

    海外移住者の中には、日本人日本人するのではなくて、
    柔軟に「郷に入ったら郷に従え」という方もいらっしゃる。
    私も確かにそうだと思う。
    ただし、「郷に入ったら郷に従え」というのは、
    日本人の美徳を捨ててまで、改悪することではない。
    日本人の良さを失わないようにしながら、
    きちんと異文化の中でバランスを取り続ける努力をすること。
    それができていれば、私の場合、友人がどこの人であろうが、
    下町に住んでいようが、貧乏であろうが、まったくどうでもいい。
    変に集まる必要もない。
    というか、お互いにある程度理解ができるようになれば、
    わざわざ日時を決めて決まったメンバーで集まらなくとも、
    自然と人は寄ってくるものだからね。

    かく言う私も、まったく見ず知らずの日本人グループの中で、
    なぜか出身大学、職歴?などが流出し、話題に上がっていた、
    と言われたことがある。

    重ねて断っておくが決して、私がどういうキャラクターであるかとかそういう情報ではなく、
    私のほんの一部にすぎない「経歴」の部分だけが独り歩き状態だったそうな。


    出た、スペック上等主義(((( ;゚Д゚))) めんどくさいわー!


    その人たち、すっかり日本人やめて、K国人になっちゃったのねぇ。

    で話は終わったが(この間約2秒)。
    考えてみれば、気味の悪いこと限りない。
    もしもこんな人たちに出会って、うっかりお付き合いするとなったら、
    私はモイムのどのヒエラルキーに分別されるんだろうか?
    こちとら、旦那氏は普通のしがないサラルリィーマン、
    アパートは築30年余でエレベーターなし5階の5階住まいである。
    おんぼろいこと、この上ないが、便利だし、特に問題もない。
    彼らがそんな日本人妻をどう識別するか見てみたい気はするが、
    私は逃げ足だけは早い「さわらぬ神になんとやら」主義なので、
    そこは想像だけで満足するとして、
    こういうおっとろしい日本人グループからは、
    できればこのままずっとお近づきにならなくて済むことを祈るのみである。
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    喧嘩の流儀

    以下、この2日間の出来事である。

    ≪その1≫

    夕食時、旦那氏と二人、繁華街のレストランでテッペサムギョプサルをつついていた。
    ちなみに、テッペサムギョプサルとは、カンナでおろしたような、
    薄っぺらい豚肉(サムギョプサル部分)をたれに漬けて焼く、一種の焼肉デス。
    それを焼いては30種類の野菜とともに、
    ご飯と巻いて食べ、
    巻いて食べ、
    巻いて食べ・・・していた。

    と、突然耳をつんざく金切り声&金属音。

    さすがに、何事か!?と周囲のK国人もきょろきょろする。
    続けざまに、何かが空中を飛ぶ。

    ・・・プラスティックの皿やわ~!

    そこから怒涛の金切り声がギャンギャンと店内に響き渡る。
    ドン引きする私。
    平然とテーブルに姿勢を戻し、食べにかかるK国人たち(含む:うちの旦那氏)
    叫んでいるのは40代と思われるオバハンである。
    K国人は喧嘩を始めると、良く「ヤー!」と叫ぶが、
    もうヤー!の嵐なんである。
    ものすごくうるさいし、食事時に気分の悪いことこの上ないし、
    はっきり言って迷惑そのもの。
    が、ほかのK国人たちは、悠然と何事もなかったかのように肉を焼き、ご飯を食べ、酒を飲んでいる。
    そして驚いたことに、店員はわらわらといるのに、誰一人注意なぞしない。

    しばらくすると、けたたましい金属音。

    ・・・やってもうたで・・・σ(゜∀゜;)

    ついにオバハンは箸かスプーンを投げたらしい。
    K国の箸は金属製であるから、コンクリの地面に落ちるとえらい音を立てるのです。
    しかし、この時点でも店員は誰一人近寄らない。注意もしない。
    あまりに激しいので、ついに私は旦那氏に聞いた。

    「いったい何の騒ぎなわけ?」
    「うーん、どうもあの女性の彼氏(オッサンである)が若い女の子と住んでるのを、あの女性が怒って責めてるみたい」

    ・・・ツッコミどころはいろいろあります。
    けどね。
    あんな、公衆の面前でファビョる(注:火病。きちんと精神病として認められているK国人特有のキレ方)女は、
    いくら整形顔が美しくても願い下げであるよ。
    といっても、ブチ切れて出ていく時に見えた顔は、残念な感じだったけどね。



    ≪その2≫

    うちのアパートの表玄関側のスペースで、
    アジュンマ(オバハン)が2人、朝からものすごいイキオイで言い合いをしている。
    どうも、市場が裏手にあるんだけど、
    その市場の入り口の店のアジュンマと、
    そこを通りぬけようとした車を運転していたアジュンマであるらしい。
    見る限り、角を曲がりきれずに、商品を並べた台にぶち当たって、
    商品が散乱したような形跡である。
    これが日本であるならば、間違いなく車の運転手が悪いが、
    そこがK国。そうは単純に問屋が下ろさない。
    というのも、この市場の店、いつも路上に大きくスペースを張り出す感じで、
    不安定な木の板を渡した簡易テーブルの上に、
    ものすごく通行に邪魔な感じで商品を置いているんですな。

    ま、どっちもどっち、というやつなんです。はい。

    ところが、どっちも相手が悪いと一歩も引かない。
    うちのお嬢がビックリしてベランダから覗き込むぐらいの大声で、
    ギャンギャン叫びあっている。
    しかし、車が放置されている道路は2台は行き違えない狭さなんである。
    とっとと車をどかせないと、後続もしくは対向車が来ちゃうと、
    「相手に譲る」ということを知らないK国人では大混乱になっちゃうのですよ。
    あらまー、と思いつつ、上からお嬢とそのまま眺めていると、
    案の定、後ろから来た車が「車をどかせろ!」のクラクションをブーブー鳴らす。
    それで一気に興奮度が上がり、ヒートアップする運転手アジュンマ。
    商品を片付けることもせず、路上に散乱させたまま、キィキィ怒鳴り返す店主。
    あちゃー、前からも車来ちゃったよ!
    身を乗り出して、道を開けろ、と怒鳴るオッサン。

    待ってました、大混乱!!

    もう、朝の8時からどえらい騒ぎなんである。
    そのうち、アジュンマ2人がお互いの髪の毛を掴みあっての大ゲンカになり、
    うちのアパートの管理人親父さんが、一生懸命止めに入ってました。



    ≪その3≫

    本日の夕方のことである。
    うちのアパートの裏の駐車場で、オッサン3人が言い合いをしている。
    アルコールが入っているためか、ろれつが怪しくて、ほとんど何言ってるか外国人の私には判別不可能。
    その時点での気温は-4℃。
    はよ冷えんうちに家帰って、とっとと寝なはれ・・・と思うが、言い合いは激しくなるばかりである。
    ちなみに、K国は寒さが厳しいため、ほとんどの家の窓は二重サッシだが、
    閉めていても聞こえてくるほどの怒声なのです。
    閉めてなかったらどんだけうるさいねん!
    そして、ついに「ヤー!」と誰かが叫びだす。
    あまりにうるさいので、一体何やってんねん、と窓を開けて見下ろすと、
    もうジイサンと言ってもええんとちゃう?というような年齢のオッサンが、
    掴み合いの喧嘩をしておりました。


    ・・・中学生か!!


    なむちーん・・・・・




    以上、人間、恥を知る、ということは大切だ、というお話でした。



    この国に来てから、こういう喧嘩風景はもはや見慣れてしまって、
    最初ほどの衝撃はないんだけれども、
    さすがに、いい年の大人が掴み合い、怒鳴りあいの喧嘩をしているのを見ると、
    驚くよりもウンザリする。
    そして、やはり私は日本人なので、
    人が人を怒鳴る光景は、自分に関係がなくとも非常に気分が悪い。

    人様に迷惑をかけるな、人前で大声を出すな、喧嘩はしても手を出すな、
    そう教えられて育った昭和生まれの私は、
    こういう風景が本当に嫌いだ。
    どちらに分があろうと、非があろうと、
    双方ひたすらにつんざくような大声で、
    とにかく罵倒し、罵倒し、罵倒し、罵倒する。
    こうなると、どちらが良い悪いなど関係ない。
    よくK国では、声の大きい方が喧嘩を制する、という。
    日本人にはまったく信じられないが本当にその通りなのだ。

    「怒鳴らない」「言い返さない(自分が悪くとも)」=弱い。


    そして、その弱いものを徹底的に痛めつける。
    それがK国の喧嘩だ。
    そんな流儀、勘弁願いたいが、政治家までこの流儀で反日を標榜するんだから、
    本当に困った国である。

    テーマ: たわいもない話
    ジャンル: 日記

    恥らおうよ

    友人に会うために、自宅近くからバスに乗り込んだ。
    昼過ぎだったため、人はあまりおらず、
    窓際1列の席に陣取った私の前には、ちょっと年上ぐらいのオバハンが一人。
    それ以外前後には誰もいない。
    気温は-2℃で、もちろん暖房はガンガンにかかっております。

    ほどなくして、タダならぬニオイが漂い始めた。

    そう、ニンニク臭の混じったまごうことなき

    のニオイでアリマス。

    間違いない。
    犯人は私の前のオバハンである。
    ニオイの元は近いし、なにより、他に誰もおらんのです。
    幸いにも、放屁量が少なかったのかすぐに立ち消え、ホッとしたのもつかの間。



    ・・・ぷぅ。



    いや、今音したよ!!
    うちのお嬢(四足歩行)のおならと
    おんなじぐらいの音したよ!!!(((( ;゚Д゚)))



    絶対に間違いない。
    明らかに音がしたし、直後にひどいニオイが漂ってきた。
    しかし、オバハンはまったくどこ吹く風で窓の外など眺めている。
    いやいやいや・・・ちょっとは恥ずかしがろうよ。
    てか、下手すると他人のせいにしかねないようなふてぶてしさである。

    経験のある方はわかると思うが、
    ニンニクを大量に摂取した後のオナラ、というのは、殺人的にクサイ。
    己で嗅いでみても、即座に倒れそうになるぐらいクサイ。
    私など、一度満員の通勤電車で隣のオヤジに何度もかがされ、
    殺意が芽生えたほどである。
    K国人によれば、ここではK国食の特質上、この手のニオイには寛容らしいが、
    寛容なのはあくまで「自分がかぐ場合」だけであって、
    「他人にかがせる場合」であってはならないと思うが、どうなのか。

    次第に頭をもたげる黒い殺意オバハンに文句言ってやりたい気持ちを抑え、
    ついでに鼻のあたりもハンカチで抑え、
    早く降りて行ってくれないかと徐々に埋まり始めた座席を眺めていると、
    ついにオバハンは立ち上がった。

    ・・・・・・やった!!

    心の中で激しくガッツポーズをする私。

    と、その瞬間である。


    ・・・ぷぅ。



    もう、ええ加減にせい!!
    降りるまで待てんのかい!!!



    何が悲しゅうて、日に3度も他人のクッサイ屁をかがねばならんのだ!






    ・・・・・今日もK国人はエネルギッシュにセルフィッシュである。




    さて、お嬢と散歩でも行くか。

    テーマ: つぶやき
    ジャンル: 日記

    教養なるもの

    1995年。
    500人教室の前方やや右端の方で、私は講義が始まるのを待っている。
    法学部生だった私が学部外講座として選んだ人気講座、
    文学部の宗教学概論はU教授の講義で、彼は遅れてくることで有名だったから、
    講義開始時間30分を過ぎても現れない教授に、
    自然休講かと騒ぐほかの学生たちをしり目に、
    私は教授から借りた本を読み漁っている。
    1回生の時からもぐりで通い、ようやく受講生として晴れて出席してるのだが、
    悲しいかな、教授はフィールドワークに出てしまうと数か月単位で帰ってこない人だから、
    こうやって講義があるというのはそれだけでも嬉しいことなのだ。
    30分ごときの遅刻など、いったい何の支障になろう。

    ほどなくして、さっそうと茶色のコーデュロイのジャケットで現れた教授は、
    壇上に上がるなり、遅刻の詫びなど一切なく、さわやかに大教室を見まわし、
    「さて」とマイクを取って話し始める。

    「皆さんは、生きるということと、死ぬということは、異なる概念だと思いますか」

    おそらく、レジュメにある通りの順序で講義が進まないことを知らない者が多いのだろう。
    あわてて、がさがさと周囲で紙をめくる音がする。
    確か今日は「聖地の条件」がお題だったかな。
    さては教授、また面倒になってお題を入れ替えたな・・・私はにやにやする。

    「生」と「死」は、一見別々のもののように見える。
    「生」はすなわち、生きること、血が通っていること、見えること、動くこと、生産すること、消費すること・・・・
    そして「死」は、心臓の鼓動の停止、思考の停止、そしてそれらの再始動の可能性のないこと・・・・
    あきらかに、生と死は、対極にあるものではないか。
    そんな意見を拾いながら、教授は「では・・・」とまた教室を見まわす。

    「では、ずっと生きていること、すなわち死が訪れないことと、死はどのように違うんでしょうか?」

    ずっと生きていることとは何だろう。
    「死」という出来事で区切られるからこそ、「生」は存在するのではないのか。
    では、「死」によって区切られない「生」とは何だ?
    それは、死んでいることと変わりないのではないのか。

    「そうなると、生と死は、同一概念の両極端にあるものとは考えられませんか」

    この頃になると、はじめざわついていた教室が、
    教授の声というものに向かって一点に集中していくのがわかる。
    500人となれば、後ろの方は割と寝ている学生も多いものだが、
    この講座はそのあたりが違うのだ。

    そう、「面白い」。
    単純に、この教授の講義はのめり込むほど面白かった。


    大学に通ってよかった、と思うことは、
    おそらく社会に出れば考えもしないであろう、
    一見無駄に思える知識や思考を積めた、ということに尽きる。
    実際、就職するにあたり、あるいは仕事をするにあたり、
    「生と死の概念」なんてものはことさら必要はない。
    社会に出て20年近くが立った今、実際振り返ってみると、
    もちろん実務に必要な学問もやったが(たとえば専攻した刑法のような)、
    夢中になって勉強したのは、そういった「何の役にも立たないもの」が多かった気がする。
    宗教学概論しかり、もう一つの学部外講座だった文化人類学しかり。
    18歳から22歳という年齢を考えると、
    確かにそういった「自分を形成するもの」と向き合う最適な時期だったのかもしれない。

    そして、そういうものこそが、「教養」なるものを育てるのだ、
    ということに気付いたのは、大人になってずいぶん経ってしまってからだ。

    社会に出る前に「自分は何ものであるのか」「どこから来て、どこへ行こうとしているのか」
    という問いを自分に投げかける機会を与えられたこと。
    当たり前だと思っていたことを、頭の芯から揺さぶられるものとの出会い。
    私はそれを「思考の酩酊」と呼んで、ある時期ひたすら没頭した。
    端的に言えば、その延長に、私の場合は旅があり、異文化があり、
    結果として海外に暮らす今の自分がいる。
    変遷の細かいところを追及すると、却ってつながりが見えなくなるが、
    物事は極端なまでにシンプルに描いてみた方が、より明確に輪郭を掴むことができることがある。すくなくとも私の人生は、そういう感じ。
    今思えば、すべてはつながっている、のだ。


    この国へ来て、同世代のK国人と話していると、
    驚くほどそういった「思考の酩酊」を経験していないことに気付く。
    つまり、ばかにするわけではないが、「人間が薄っぺらい」のである。
    思考力がないとか、計算ができないとか、そんな単純なものではなく、
    発する言葉を裏打ちするもの、つまり経験や学習や思考から吸収され、
    その人の一部になっているもの、そういうものが感じられない。

    同時に、いわゆる「教養」がないことに気付く。
    知識として名前や功績を知っていることも少なく、
    知っていても「データ」でしかない。
    何か一つ、誰かひとりでもいいから、興味を持って追及した偉人はいないのか?
    そういう話をすると、うちの旦那氏でさえ首を横に振った。
    そんな彼は、長らく自分が「なんとなく好きだと思って聴いていた曲」が
    ラヴェルの有名な「亡き王女のためのパヴァーヌ」だったことを
    最近私の指摘で知ったんである。


    「生と死は同じ概念か」などと考えなくても、人間は生きていける。
    たとえばラヴェルを聴いたことがなくても、名前を知らなくても、仕事はできる。
    つまり、「教養」なるものは、なくても生きていけるものだ。
    だからなおざりにされやすい。
    ただ、人生が旅のようなものであるとするならば、
    立ち寄る美術館や博物館や名跡で、理解の助けになるものを持っていた方が、
    より感動の幅が出たり、広く深く物事を眺めることができるんじゃないのか。
    大学は、そのための「社会に出るまでの猶予の期間」なんじゃないのか。
    旦那氏と自分を明らかに隔てるもの、それは「教養」の違いなんだと、
    美術館を訪れるたびに思う私は、
    詰め込み詰め込みひたすら暗記、の勉強で、
    ただただ有名一流大学を目指すK国人学生を見ていて、
    なんだかわびしい気持ちになったのであった。

    テーマ: たわいもない話
    ジャンル: 日記

    CM見てるとビョーキがわかる

    いきなりだが、この国のCMは本当に面白くない。
    私はK国においては、アメドラかNHKぐらいしか見ないが、
    NHKならともかく、アメドラ・映画のチャンネルは、
    合間合間にK国のCMが挟み込まれている。
    それがどれも似たようなものばっかり・・・

    保険、化粧品(シャンプー類含む)、車。

    あと、季節的に、アウトドア商品ブランドの服(なぜか冬になると増える)。

    ほとんどがこの宣伝だったりする。
    そして、面白いことに「作り」がほぼ同じで、
    個性もヘッタクレもないので、商品を買うことはおろか、
    商品の名前さえ記憶するのが難しい。笑
    有名人を出せばいいと思っているのか、俳優女優が使われることがほとんどで、
    整形大国の悲しさよ、私のような外国人にとっては、
    同じような顔で宣伝されても、まったく区別がつかないのです。

    いやいや、悪口を書いてるんじゃないですよ。

    一度K国へ来る機会があったら、一日とっくりテレビを眺めてみるといい。
    私の書いてることが誇張じゃないと数時間で理解できることは、
    補償、おっと違った、保障する。笑


    この国の外見至上主義というか、見てくれ上等主義には、
    テレビなど見なくても辟易することしきりなんだけれども、
    テレビという媒体はそれを一番わかりやすく示してくれるものだと思う。
    女優も俳優も、決まって「ちょっと見下ろし加減で」
    「セクシーさ・カッコよさアピール」、
    無駄にクールを装ってて、そのシリアスぶった表情に時々吹きそうになる。
    音楽は決まってK-POP系。
    出ている人の個性をうまく使って宣伝とか、
    たとえば化粧品類なんかだったらそういうのが効果的なんじゃ?と思うが、
    そんなの一切無視。
    その上、ナレーションの声まで似てると来た。


    あ・・・待てよ、そうか。
    おんなじような整形してるから、個性なんかないか。



    なむちーん。



    こういうのをなぁ。
    日本語では、「青田をほめる馬鹿」て言いますねや。
    (⇚ここ、ごちそうさんの和枝さんの口調でお願いしますよ)




    そりゃあね。
    見栄えがいいのはよろしいことですよ。
    しかしながら、K国の美の基準というか、美の範囲というか定義というか、
    世界でも稀にみる強情さで画一的なんである。
    そして、猫も杓子も、そこへ向かって己の顔を「修正」する。
    結果、「カンナムスタイル※」なる、笑えない金太郎飴顔が溢れることになる。
    ※ちなみに、カンナム(江南)は整形外科ストリートがあるので、
    PSYというオッサン歌手の歌にかけ合わせてこう揶揄されてるわけよ。


    美、という定義は何も顔だけじゃなくて、
    もちろん人そのものや、広くは車、ファッション、街並み、
    ひどいと「人のスペック」にまで及ぶ。
    このK国人の根強い「美に対する執着」は、
    非常に残念ながら、個性の尊重、外見だけでない中身の美しさ、を
    まったくと言っていいほど意に介さない。

    つまりー、見た目キレイだったらいいんじゃね?

    ⇒見た目キレイだから、性格もいいんじゃね?

    ⇒見た目キレイだから、能力もあるんじゃね?お金もあるんじゃね?


    なのですね。
    今じゃすっかり嫌韓の風潮が広がってる日本でも、
    ちょくちょくそういう特集があったりするので、
    そんなんことわかりきってるで、なんていう人は多いんじゃないかと思うけど、
    実際住んでいると、日本から見てたとき以上にこの病が深刻なのがわかる。

    米国超有名大学を卒業し、米企業からも引く手あまただった才女が、
    母国に貢献したいからと帰国したのはいいが、
    残念ながら典型的K国人顔で、
    グローバル視点で育ったのが災い(?)して整形していなかった彼女、
    非常に優秀にもかかわらず一切企業からお誘いが来ず、
    結局就職難を苦に自殺、という、日本じゃ信じられない話があったのはつい2、3年前。


    まあ、こんなんだから、
    カンナムあたりを歩いても、テレビ見てても、
    出てくるのは判で押したような金太郎飴顔。
    なかには、整形する前の方が、それなりに個性があって愛嬌のある顔だった女優もいて、
    残念しきりだったり。


    ・・・あ。
    また始まったCM。
    映画の間のCMタイムは10分ほどあって長いんだよね・・・



    そして、化粧品の宣伝(男性用も含む)も、めっちゃめちゃ多い。
    「皮膚」と「弾力」は日本語と音が似ているので聞き取りやすいのもあるけど、
    やたら「ピブ」「タルリョK」とうるさく言うもんだから、

    あー、弾力肌ってのに目がないんだね(棒
    肌がキレイだったら中身なんかどうでもいいんだよね


    と思わずにいられない。
    退屈以外の何モノでもない。




    ほんっと、何回見てもどれもつまらんわ~。笑





    追記:そういえば、アップルとサムソンのCMが笑えるぐらい同じ路線で、
       K国人以外は絶対サムソンのパクリだと一瞬でわかると思うんだよな~( ´艸`)



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    送別会にかこつけてのあれこれ

    昨日今日と、近日遠方へお引越ししてしまう友人宅へ、
    送別パーチーに行ってきた。
    実は、送別会は昨日だけだったんである。
    送別する側2名とされる側1名でこじんまりと集まって、
    キンパで飲み食いし、持って行ったケーキを食べ、
    夕食を作り、アルコールも入れつつよもやま話をした。
    気づいたら、前回お邪魔したときより1時間遅い22時。
    友人宅はちょっと「北」に近い田舎町なので、
    バスの本数はそれほど多くない。
    ただ、観光地が始発で、私の路線は結構あるはず、と油断したのがいけなかった。

    もう1人の友人のバスはすぐに来たので彼女を見送り、
    23時近くまで待ったが、
    結局、スマホアプリの路線図には始めバスマークがあったのが、
    時間とともに「ふっ・・・」と消え。
    終バスが完全に終わったことがそこで判明。



    まさかの終バス逃し・・・(((( ;゚Д゚)))



    なむちーん・・・・


    旦那氏に深夜に迎えに来てもらう距離でもなく、
    途中のバス停まで来てくれるか聞いたが、
    「ぼくは君のドライバーじゃありません」
    のすげない一言とともに、電話しゅーりょー。

    友人宅の愛犬は思わぬお客に意気揚々だったが、
    私は旦那氏の返事にがっくり肩を落とす23時過ぎ。
    でもまあ、語り明かすいい機会か?!と(⇚切り替え早!)、
    いそいそと友人宅へ逆戻り。

    てな経緯で、お言葉に甘えて1泊させてもらいました。


    泊めてくれた友人と、先にバスをゲットした友人は、
    どちらもK国でブログつながりで出会った。
    海外の日本人の数というか、コミュニティは、
    当たり前だけど日本国内より少ないし小さい。
    知り合い、友人が少なければ少ないほど、
    やたら数を持ちたがるのが人の常かもしれない。
    が、私は逆なんであります。

    分母が小さければ小さいほど、友人は選ばなければいけない。

    そう思っている。
    何十年も付き合って、気心の知れた友人がいる日本とは違う。
    ここにいる日本人女性の、
    ほとんどがいい大人で、ほとんどが既婚者なんである。
    つまり、「小さいころからの長年の付き合い」みたいな条件は与えられていない。
    その中で、いかに友情を育てるか。
    そういうことを考え始めると、おのずと数は小さくなるし、
    厳選する結果になる。
    相手にとっても同じだから、
    何も自分が選ぶ場合に限ったことではないわけだ。

    そして、私のK国での友人は、非常に数が少ない。
    おそらく両手に満たない数なのです。

    あらふぉーですからね。
    数なんか誇ってもしゃーないと思うのですよ。
    クオリティですよ、クオリティ。
    などとうそぶいているけど・・・・・


    そんな中で、2人は私にとって、その数少ない貴重な友人なんである。
    自分を必要以上に大きくも小さくも見せようとせず、
    人にもそういうのを要求しない、
    クオリティの高い良い友人なんて、
    海外にいるとなかなか探し出せない。
    ただ、在K国3年を迎えて、最近つくづく思うんだけれど、
    やっぱり人間、「類友」なんだなぁ・・・と。
    一人、良い友人に出会うと、
    なんだか芋ヅルのように次々伝って出会えることがある。
    そういう時はラッキーだ。
    私はこれまでの2年で、そのラッキーに2回恵まれた。
    その2回目がこの集まりだったりするのです。
    多謝。

    ということは、周りの友人を見ればその人がわかる、
    というのはあながち嘘ではない。
    だから、その意味でもやっぱり、お付き合いする人間は厳選したい。
    そして、出会ったらなら、距離が遠くなろうがなんだろうが、
    大事にしたい。
    灰色に沈む田舎町を後にしながら、
    ひとりそんなことをぐだぐだと考えた帰り道なのでありました。

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    わからんわー

    せっかくブログ開設したんだから!と、
    鼻息もあらくにほんブログ村に登録してみたものの、
    登録した「海外生活」「犬」のうち、
    犬についてほとんど触れてないということに気が付く2日目σ(゜∀゜;)
    登録した意味がないやんか・・・・


    ということで。


    我が家には、「あめりかんこっかーすぱにえる」なる、ふっさふさモフ毛の長女がいる。
    基本は四足歩行だけれども、
    ウマウマを見つけた時と、主人たちが帰ってきた時のみ、
    二足歩行になるひょうきんな1歳半の女の子なのです。

    アメコカというのは、

    american-cocker-spaniel1.jpg

    こんな犬なんですね(画像はお借りしました)。

    しかし、うちのお嬢については、
    私も旦那氏もものぐさで、ブラッシング毎日なんて無~理~!という理由で、
    こんな感じになっている。

    img1385110514636.jpg

    スカート(おなか側の毛)は伸ばさず、手足のみブーツカット、
    耳は秋冬に関しては伸ばし、春夏になると短めにカットする、というのがうちの方針。
    ちなみに、おちょんぼり(頭頂の結わえている毛)は、好き好きで伸ばしたり切ったり。


    ところで、コッカーといえば、当たり前だけど愛玩用(もとは鳥猟犬だけど)。
    狩りが目的で飼ってる人なぞ、ほとんどいないんじゃないのかな。
    この犬の良さは、犬より人が好き!という人懐こい性格もさることながら、
    美しいコート(毛並)という容姿も大きい。
    当然、買うからには、多少その点を考慮して飼う人が多いと思われる。
    うちもものぐさではあるが、
    やはりこのコートを全部刈ってしまうのは残念で、
    皮膚病とムレに注意しやすい、足のみ長毛にしているわけなんですが・・・

    韓国に来て、犬に関していろいろ驚くことは多いが、
    目がテンになったのは、とある動物病院で同じコッカーに鉢合わせた時のことだ。

    もちろん、私も旦那氏も相手がコッカーであることは、
    その特徴的な顔つきや骨格からわかる。
    その時のコッカーは、うちのお嬢と同じだが、
    ややゴールドよりのゴールドバフと呼ばれるカラー。
    ただ、全身おそらく3ミリぐらいにマルガリータにされていた。
    文字通り頭のてっぺんからつま先までツルンツルンでありマス。
    飼い主の女性(オバハン:推定50代後半)は、
    皮膚病がひどくなった愛犬を連れて、私たちの向かいに座った。
    なんとなく目が合い、オバハンの顔が笑っていたので聞いてみた。

    「何歳ですか、そのコッカーちゃん?」
    「7歳よ・・・もうおばあちゃんね」

    確かに毛並やら顔の感じが年季入ってますなぁ。
    そう思っていたら、オバハンは衝撃の一言を投げかけた。


    「で、お宅のワンちゃんの種類は?」


    お宅とおんなじでんがなー!!
    コッカーでんがなー!!!
    見たらわかりまんがなー!!!



    いやいやいや・・・・
    ビックリして二の句が継げない私の代わりに、
    旦那氏もやや驚きつつ、「あの、コッカーなんですけど・・・・」と答えている。
    すると、オバハンはさらに驚きの一言を。


    「コッカー?これ(と自分の犬を指さす)と一緒?ええ?ほんま?見えへんけど?」


    もう笑うしかない。
    といっても、半笑いなんだけども。
    その後も、オバハンは「へえ、コッカーにもそんな種類おるんやね」などと、
    意味不明に感心しながら、診察室へ消えて行った。

    いや・・・だから・・・同じ種類だってば。
    そんなマルガリータにしとるから、自分がわかってないだけやー!(σ`Д´)σ

    星が見えない

    昨日は夕方に長女(四足歩行・長毛・10.5kg、アメコカとかいう)を自転車カゴにのせて、
    うちから10分弱の公園へ散歩に行ってきた。
    時間が時間なので、公園を2周もしてると、どんどん陽が傾き、
    3週目には西の空の一部を残して、空が全体に群青色になり、
    一つだけぽつんと輝く星が。
    宵の明星ですね。
    3日ほど前は、反対側にかなり大きな満月が皓皓と昇っていたので、
    あんまり気が付かなかったんだけど、
    やはりどこで見ても金星は明るい。

    しかし、だ。

    よく考えてみたら、K国へ来て、そういや星を眺めたことがない。
    というか、眺めたくとも星が見えない。
    金星以外には。

    実家のある関西の都市は、都会ではあるが、
    比較的星が見えやすい地域に住んでいたので、
    かろうじて眺めることはできた。
    降るような星、といえば、私の経験ではモルディブだけど、
    あそこまで行かなくてもいい、せめて日本の都会並には見えないものか。

    そう思って、帰宅した旦那氏にそんな話をしてみたところ。


    「ここ、空気が汚いから無理じゃない?」


    ・・・・撃チーン。なむちーん。


    そう。
    K国の一番嫌なところの一つ(というか、複数あるので一番を決め辛い)。
    それは排ガス規制の緩いところ。
    そのせいで、窓をあける季節は、数時間で床が黒いほこりでまみれ、
    犬は歩けば灰色のブーツを履いたように汚れ、
    ここへ黄砂が混じると、私のような咳喘息もちにはえも言われぬ不快な空気を作り出す。

    実際、今年の冬は咳喘息(非喘息性好酸球性気管支炎)がかなり早くから出ていて、
    そろそろマスクが必要なんだけど、
    これは3月ごろからの黄砂と排ガスのミックス効果によると思われる。
    ミックスなんてものはジュースだけで勘弁してほしいが、
    このK国では財閥系車メーカーの力が強く、
    一向に改善しようとかそういう動きはない。


    明らかに、健康より金、人命より金!なんである、この国は。

    ザクロ酢やら、食酢(シクチョ)やら、日本に入ってくるK国食には、
    「健康志向のK国の大ヒット商品!」なんてキャッチコピーがついて、
    露出度の高いおんなじ顔のオネーチャンたちが宣伝なんかしてるもんだから、
    うっかり「K国人って健康志向なのね!」と誤った理解をしそうだ。
    確かに健康志向ではあるが、プロセスが日本人の想像と違うのですよ。
    空気が汚かったり、食品偽装が普通にあったり、
    ひどいのになると偽装がばれてニュースになっても回収されずそのまま売られてたり、
    普通に治療したんではもうからないので、
    たんまり薬を出したりすぐ入院させたりする医者が多かったり、
    そんな風に、自己防衛しないと危ない環境で住んでいれば、
    おのずと健康志向にならざるを得ないのです。
    おそらくは。

    おっと、話がちょっとずれてしまいましたね。

    まあ、要するに、この国で星が眺められるなんてことは、
    北と無理くり合併して、工業地帯でもない荒野にでも行かない限りないってことだ。
    あ、北は暖房に石炭使ってるんだっけ?
    じゃ、それも無理か。


    ・・・・・なむちーん。(本日2回目)


    などと星のない空を見上げつつ、思うのでありました。





    冬到来

    この1週間ほどで、居住地の気温がぐっと下がった。
    そう、居住地とはメディアでもお騒がせの日本のお隣の小国でありマス。
    冬になるとオンドルを使わなきゃやってられないが、
    このオンドル代が高い!
    巨大団地になると、団地内にごみ焼却場があって、
    その排気熱を各家庭にオンドルとして回すため、
    もっともオンドルがフル稼働になる12月~2月でも、
    月々の支払は5万W、なんてすばらしいところもあるようだけど、
    うちはなんたって築30ン年(定かではない)の古アパート。
    オンドルは広く普及している都市ガスタイプだったりする。
    なので、フル稼働時期には、ガス代が普通に20万Wになったり。

    日本に帰ると、このオンドル代もそうだけど、
    韓国の生活指数って、日本と比べてどうなの?と日本の友人に聞かれる。
    このところのアベノミクス効果で、Wがそれほど安くない今、
    物価がそれほど日本と変わらないとなると、20万W≒約2万円、と聞くと、
    それは高いの?安いの?になるみたいだ。
    結論から行くと、うちの収入からすればバカ高い(σ`Д´)σのです。
    月々の純粋な食費(交際費としての外食代も含む)で、うちは平均約70万。
    それから考えると、ガス代の20万ってのは、どえらい金額じゃないかしらん。
    あ、もちろん、Wでの話ですよ。

    日本と違って、この国のアンバランスさ、というか、
    残念な「自称先進国」さ、っていうのが、こういう物価や生活指数に表れてると思う。
    つまり、物価はどんどん上昇して、モノによっては日本並なのに、
    クオリティは依然としてK国クオリティ。
    そして収入も依然としてK国クオリティ。
    食べ物は比較的安いと言われてるし、実際日本に比べると野菜なんかは安いけれども、
    しょせんK国クオリティ。
    そうでないものを選ぼうとすると、輸入食品になるが、
    なにせ、金に大層な執着のあるK国人、輸入品にはバカ高い利益を乗せるため、
    お金持ちでもなければ継続的に使うのは難しいのです。
    見栄えばかり気にして、中身を成長させられてないため、
    生活指数はオバチャン大統領になってからも下がり続け、
    現在最悪らしいですよ。
    ほほぅ・・。そうですか(* _ω_)...

    なので、中国ほど「金がなければ死ね」ではないですが、
    このところどんどんそっちへ傾いて行ってる、残念なお隣の国なのです。

    さて。
    冬になると、お金がなくてオンドルが使えず、
    日中マートやモールに暖を取りに行ったりする老人が増え、
    果てには家で凍死?なんていう笑えないニュースが流れたりする季節。
    今年はどんなビックリニュースが流れることやら。

    じゃ、陽がかげる前に、愛犬とお散歩に行ってきまっす( ̄ー ̄)ゞ 

    お引越し

    そもそも、ブログはやってたんである。
    あの、ア〇ー〇にて。
    今住んでいる残念な国について、いろいろ面白おかしく書いていたら、
    明らかに厭〇、嫌〇であるにも関わらず、
    〇国ラヴなんていう「ちゃんと読んでる、あーた?」みたいな読者が増えてきて、
    えええええーー??だったんである。
    ということで、FCに越してきました。
    タイトルに特に深い意味など、ない。
    ま、見れそうだけど実際一生見る機会がなさそうなもの、みたいなのを想像してつけてみた感じ。
    〇メー〇では、このK国生活onlyのブログだったけど、
    せっかくイチから始めるんだから、ジャンルを決めずにだらだらと書きたいことを書こうと思う。
    あ、考えるのめんどくさいからやろ?とか言わないで。
    図星過ぎて部屋の隅で体操座りになっちゃうんだから。笑

    ということで、不幸にもこのブログに辿りついた方、
    はい、そこのアナタです。
    お暇なときはお付き合いあれ。

    テーマ: ひとりごとのようなもの
    ジャンル: 日記

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